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沼津縁側爆撃被害者の会-P2V-7ネプチューン(その3)

暑い、暑いよ!!!

模型には向かない季節、皆様いかがおすごしでしょうか?

私は順調に停滞中です(笑)

塗装の合間を見て作業を進めているフロートスピット

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こちらは、筋彫りを入れなおせば塗装に入れるのですが、踏ん切りがつかず塗装直前で放置。

そして本題のネプチューン

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こちらはちまちまと日の丸やウォークウェイのマスキングに励んでます。

こういう見た目の変化のない作業ってモチベ上がらないんですよね・・・

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そういえば昨日はアームストロング船長の訃報が入ってきましたね。

面白いのは、ほとんどの日本人がニール・アームストロングと書かずにアームストロング船長と表現しているんですよね。

私の頭の中もしっかりとアームストロング船長で刷り込まれてます。

First man on the Moon has gone.

とっても残念です。

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模型製作記 P2V7ネプチューン」カテゴリの記事

コメント

最初に月に降りる・・・
かなり怖かったのではないかなぁ
と想像します。
必ず成功させるという強い意志で
大任を遂行されたのでしょうね。

ネプチューンも
下駄履きスピットも
順調に進んでますね。
着実な一歩の積み重ねですね。

投稿: ドカ山 | 2012年8月27日 (月) 11時42分

私が二十歳の時に、会社の組合事務所で
この映像を見た記憶があります 
興奮と感激があふれていました。

それでもこの大きなキットを進めておられるのが
称賛に価します 私とこにも大きいのが
あるのですが、とても手がでません。

投稿: あきみず | 2012年8月27日 (月) 16時08分

>アームストロング船長
当時σ(^_^)は小学三年生?でしたが、本当に月に人を送ったアメリカという国がとてつもなく日本より科学の進んだ国に感じました。
子供向けの彼の伝記を読んだりして興奮したものです。
あのワクワク(o(^∇^)o)は久しく味わってないような(寂)。

投稿: XJunで〜す | 2012年8月27日 (月) 17時27分

スピットの水上型って試作だけで実戦化されてなかったですよね?
にしても作業早いっす。

ネプチューンと言えばターボフロップのエンジンしか
知らんのですがこれはもっと前の型?空冷エンジンっすよね、
オイラは物知らずだなぁ・・・。

投稿: やひち | 2012年8月27日 (月) 22時19分

ドカ山様、私は月着陸船から司令船に戻るのが怖く感じます。
入念に計算してシミュレーションしてあるとはいえ本当にあんな小さなロケットで月の重力圏を脱出できるの???
と、思ってました…故障したらどうなるとか
考えるだけでパニック(汗)

投稿: シロイルカ | 2012年8月27日 (月) 23時01分

あきみず様、私は8歳だったんですが、中継の記憶はうっすらしか残ってないんです…
万博やらプラモデルやら少年誌なんかが子供の情報源。
(もちろん万博は間接情報 、北海道では万博に行った子はヒーロー 笑)

投稿: シロイルカ | 2012年8月27日 (月) 23時10分

XJunで~す様、大人になってからアポロ計画に注がれたマンパワーの莫大さを知って感動しましたね。
着陸船はグラマン、すべてのモジュールが各社のプライドと技術力を傾注した渾身の製品だったんですね。
Jaxaもアレだけのマンパワーであそこまで出来るんだから国策でマンパワーを注ぎ込めば…(以下略)

投稿: シロイルカ | 2012年8月27日 (月) 23時20分

やひち様、その通りです。ターボプロップのP2Jの前身であります。
設計開始は戦前までさかのぼります。
改良してまで使い続けたのは予算の関係もあるでしょうが使い勝手も悪く無かったんでしょうね。
ちなみに事故による喪失はゼロだとのこと。

投稿: シロイルカ | 2012年8月27日 (月) 23時27分

月面着陸は日本時間で早朝じゃなかったでしたっけ?
両親に起されて訳も分からず半分眠りながら見た記憶があります。

内容はたぶん鮮明に覚えているんじゃなくて
後から写真や映像を見て
記憶が上塗りされたんだと思っています。
まぁ、リアルタイムで見たことは確かなんですが。

投稿: シミヤン | 2012年8月28日 (火) 02時08分

アタシもリアルで見ていたような記憶があります。3人で行ったのに、一人は母船・・二人は月面へ。母船で待つ人ってちょっと悔しいかな??と全然関係ないところで思いをはせていたガキでした♪

投稿: SAIUN | 2012年8月28日 (火) 05時06分

でも本当に月へ行ったのでしょうか?

風もないのに旗メク星条旗、右へ左へ伸びる影。

もし本当に行っていたのなら、とっくに基地のひとつもあってしかるべし。

と思うヘンポライであります(笑)

投稿: ハヤテ | 2012年8月28日 (火) 18時21分

シミヤン様、私も眠いのとなんだか真っ黒な画面だけ覚えてます。
当時まだうちのテレビは白黒でしたっけ(笑)
私もリアルタイムなのかあとから見た記録映像なのかもう判別つきません。

投稿: シロイルカ | 2012年8月28日 (火) 19時43分

SAIUN様、小学生なんてそんなもんすよね(笑)
各飛行士に与えられるミッションも各人の性格が考慮されていたんでしょうけど大人になってからオルドリンの件をマンガで読んで宇宙飛行士もいろんなことを考えてるんだなあと納得した覚えがあります。
司令船に残ったコリンズの心中だっていろいろあったでしょうね。

投稿: シロイルカ | 2012年8月28日 (火) 19時49分

ハヤテ様、
>ヘンポライ
おもわずググってしまいました(笑)
>本当に月へ行ったのでしょうか?
そこからでしたか…
各ミッションの残骸が観測衛星画像から確認できたりしますが。
これもまたミステリーの一つとして…
次は中国が有人月探索をしそうなのでその時のお楽しみということで(笑)

投稿: シロイルカ | 2012年8月28日 (火) 19時54分

大人になってから聞いて驚いたのが、地上の司令室に詰めてる人達が何かイレギュラーな事が起きるとコンピュータの結果が出るまでに一斉に計算尺で計算してとっさの判断をしていたんだとか。
(計算精度より判断の速さが重要なんでしょうね)
スパコン顔負けの計算力と度胸です。(事前に許容範囲を緻密に計算済みなんでしょうね)

投稿: XJunで〜す | 2012年8月28日 (火) 22時28分

XJunで~す様、月着陸時にも着陸船のコンピューターがオーバーフローして警報が鳴ったそうですね。
1969年当時のコンピューターだとそんなもんなんですね、計算尺恐るべし(笑)
いまなら家庭用PCでも速攻答えが出そうですが…

投稿: シロイルカ | 2012年8月29日 (水) 09時40分

子供時代、ムーという雑誌に
「バンアレン帯をなぜ無事に通過できたのか」

それ以来、私も疾風殿と同じく
月面には行っていないのではないかと
疑っておりました。
戦中のヤンキーへの嫉妬もありました。

各ミッションの残骸・・
悔い改めます(爆;)

中国の有人探索>
月も領土とか言い出しそうでありますw

投稿: hagu | 2012年9月 2日 (日) 02時22分

hagu様、>バンアレン帯
昭和40年代は宇宙がフロンティア、宇宙飛行士はフロンティア精神で少しぐらいのリスクは気にしなかったんでしょうね。
私は『宇宙からの帰還』が好きだったんで月面着陸を疑うと言う発想があまりなかったです。つ~かアポロ捏造説はエンタティメントなんだろうと思ってました。

投稿: シロイルカ | 2012年9月 2日 (日) 17時24分

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