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昭和の自衛隊(番外編2)-遠軽駐屯地のこと

さて、無事に訓練期間を終え任官したうちのおやじは、そのまま遠軽の部隊に配属されました。

遠軽の駐屯地は創設時馬小屋が隊舎だったという伝説(事実)がありますが、おやじに確認しましたところ昭和27年1月の時点では、もうすでに馬小屋の面影はなく見た目は普通の隊舎になっていたそうであります。

みなさまの気になるところの当時の編成ですが、おやじの記憶によると赴任当時は遠軽の第4連隊第3大隊は本部中隊と9個中隊という編成となっていたらしい(WIKIの設立時の編成とは異なりますが、編成は随時改変されいたと思うので一応聞いた通りに書いておこうと思います)
そのうちの第一~第四中隊が歩兵(普通科)、各歩兵中隊は第1~第4小隊と付属の重火器小隊で編成、各小隊は四個分隊から構成されており、1分隊は9人編成だったとのこと。

小隊長を含め隊員は各小隊一名の自動小銃手(ブローニングM1918?)をのぞいて武装は全員M1カービンが渡されていたということです。
ちなみに中隊長はコルトの45口径を携行して小銃は持たないようになっていたとのこと。
中隊付属の重火器には60mm迫撃砲(M-2)が装備されており、さらに第5中隊が重火器中隊で81mm迫撃砲(M-1)が装備されていたとのことです。

さらに第9中隊が輸送中隊(自動車中隊?)とも言っておりました。

こうやって書き起こしていると自分でもそれでは第6~第8中隊は何だったのだろうと思うのですが、聞き取り時は酒を飲んでることもあり話はあっちこっちに脱線するわけで、
要点をメモするのが精いっぱいでありました。自覚しておりますので不備に関してはどうぞご容赦くださいませ。
当時の写真を見ると装備にM20装甲車、M-16ハーフトラック、ブローニングM2などがありますので、そのあたりの関係かなとも思いますが想像になるので今後の課題にしようと思います。

つづく

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コメント

私の妄想ですが、第六~第八中隊は供与M24やM8装甲車等の特車(戦車)部隊や供与105榴弾砲や81mm迫撃砲などの特火(砲兵)部隊などでありましょうか。。

旧軍装備では、終戦時に占守島から米軍によって運ばれた三式中戦車(1両現存)や、米軍接収後再供与された九九式小銃も装備していたそうであります。

お父上の事情聴・・もとい貴重な聞き取り調査の進展も楽しみであります。

投稿: mamo | 2017年12月 2日 (土) 17時50分

mamoさま、コメントありがとうございます。土日と地元マンションの餅つき大会の準備・実行に掛かりきりで昨夜は死んでおりました(文字通り 笑)
旧軍装備に関してはおやじから聞かされたことはないので一部の部隊なんでしょうね、おやじ曰く丸々米軍装備で初期は敬礼も米軍式だったそうです。

私もせっかくですので想像で言いますと6~8中隊はそれぞれ偵察(M20)、対空(M16)、機関銃(M2)の中隊かななどと想像しております。

投稿: シロイルカ | 2017年12月 4日 (月) 11時19分

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