« じぇーなな(その5)サフ一回目 | トップページ | 昭和の自衛隊(番外編2)-遠軽駐屯地のこと »

昭和の自衛隊(番外編)-創設時の一警察予備隊員のこと

さて、私のブログの読者様の中にはご存知の方も多いのですが、私の父親は元自衛官でありまして、

警察予備隊に新兵で入隊して、叩き上げの下士官で最後は昭和61年に三等陸尉で退職いたしました。
詳しい方も多いと思いますが、自衛隊員の階級は退職金の関係で退職時に一階級昇進となる慣例がありますので、(参考:ポツダム中尉)
実質的には最終階級は准尉であります。まあお判りとは思いますが幹部コースではない正真正銘のたたき上げ下士官であります。

みなさまもそうではないかと思いますが、特に特殊な経歴のない自分のおやじのヒストリーなんぞには若いころ正直それほど興味もなく、自分からいろいろ聞き出すなどということはありませんでした。
しかし自分もそろそろ老境にさしかかり、せっかくだから創設時の自衛隊についておやじの頭が確かなうちにいろいろ聞いておこうと思い始めたのが数年前、しかしその後なかなか里帰りする機会が無くちゃんと話が聞けたのが今夏の帰省時のことなりました。
以下は書き起こし、聞き取り役の私の知識に限りがありますので階級や日時には細かい齟齬があるかもしれませんが、今となっては幹部自衛官以外の自衛隊創設時の情報は案外貴重かもしれんと思ってそのまま書き出しております。

警察予備隊に入隊と書きましたが、昭和25年8月の第一回警察予備隊隊員募集におやじは応募しておりません、というのもおやじは昭和8年4月30日生まれ、第一回募集7万5千人の応募資格は大正4年4月2日~昭和7年4月1日(35歳~18歳)だったからであります。
秋田の貧乏農家の次男坊で新制高校に行かせてもらえなかった当時のおやじとしましては、当然魅力的な選択肢であり非常に残念だったはずであります。(なんと任期2年間の満期除隊で6万円の特別手当が付いた)
 翌昭和26年さらに一万人の欠員募集がありました、この時にうちのおやじは満を持して応募したそうであります。
この時も応募資格は前回同様35歳から18歳まで、つまり大正5年4月2日から昭和8年4月1日まででありました。(この時は欠員募集で期間が短いため満期除隊の特別手当は3万円だったようです)

この後の第二回募集からは25歳~18歳に年齢が変更になったそうでありますが、上限35歳というのはいかにも創設時ならではの年齢設定でありますね。

ん?昭和8年4月1日?うちのおやじギリで採用年齢達してないやん!そんなんでちゃんと応募できたんかい?
はい、応募いたしました。結論としては合格、採用されておりますので、それほど厳格な運用ではなかったようですね。
とはいえ合格通知をもらって昭和26年10月出頭した金沢(なんと東北ちほーではない!当時まだとーほぐには拠点が無かった?)の訓練キャンプ(警察学校?)におきまして、
出頭したのに採用者の名簿に名前が記載されていないという衝撃の事態が発覚したそうであります。
 
 おやじとしましては金沢くんだりまで来ていまさらすごすごと帰るわけにはいかず、採用通知はちゃんと来ているからと係員に採用通知を突き付けて、最終的に無事採用されたとのことでありました。
普通に考えると採用通知後におやじが採用年限に達していないことに気付いた名簿作成担当者が名簿からおやじの名前を抹消したのかもしれません。
いずれにせよそのあたり実務担当者のおおらかな措置がなければ、おやじはそもそも警察予備隊に入隊できていなかったとおもうので、創設時のどさくさに感謝でありますね。
入隊時のいきさつはそれといたしまして・・・

無事入隊できたということはですね、昭和26年10月の時点ではうちのおやじは全国最年少の警察予備隊員だった可能性があるのではないかと思うのです。
まあ、うちのおやじ同様150円の初任給と満期除隊3万円の特別手当に惹かれて応募した年限未満の採用者が他にもいた可能性はかなり高いので最年少の肩書はは置いておきます(笑)
(なお給料はその後170円に増額されたそうであります)
三か月の訓練期間を終えたおやじ殿は昭和27年1月二等警査に無事任官いたしました。良かったね。

つづく

*ご指摘によりとりいそぎ一部内容を修正しております。私が年号か年齢の上限を間違えているようです調べてから正しい内容に修正します(陳謝)

第一回目が35歳~18歳であったことは間違いないようで、欠員募集もおそらく同じ条件、二回目募集から25歳上限のようであります。

更に訂正、おやじの退官は昭和61年、当時は53歳定年だったのを忘れてました。

|

« じぇーなな(その5)サフ一回目 | トップページ | 昭和の自衛隊(番外編2)-遠軽駐屯地のこと »

昭和の自衛隊」カテゴリの記事

コメント

史上最年少の可能性大ではありませぬか♪
あと、大正14年生まれからですと応募資格(35~18)は(25~18)でありましょうか。

警察予備隊創設当時の生の話、貴重な機会であります。たくさん聞かれてみてくださいませ。

私も父にもっと当時の話を聞いておけばよかったと
後悔しております。

幼少の頃、お風呂に入る度聞かされた戦地の話、
毎回「飯と弾がありゃ負けはせんじゃったっ」
で話が締めくくられておりましたw

投稿: mamo | 2017年11月27日 (月) 18時12分

mamoさま、コメントありがとうございます。年齢ではなく年号の計算ミスのようです。おかげさまで正しく修正出来ました。早々に修正出来まして感謝です。
>飯と弾がありゃ負けはせんじゃったっ
往時の帝国軍人の矜持でありますね。戦後世代にはなかなか実感できませんが、そういう感覚もきちんと残しておかないと、NHK朝ドラ史観みたいなのが唯一の史観みたいになりそうで怖い。

投稿: シロイルカ | 2017年11月27日 (月) 18時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/502183/66093625

この記事へのトラックバック一覧です: 昭和の自衛隊(番外編)-創設時の一警察予備隊員のこと:

« じぇーなな(その5)サフ一回目 | トップページ | 昭和の自衛隊(番外編2)-遠軽駐屯地のこと »